市来鶴丸城

Main Page


市来鶴丸城

  
市来鶴丸城は鶴丸小学校の北側にあり、市来鶴丸城の入口の
鳥居をくぐるとに春日神社と護国神社のの鳥居がある。


  
市来鶴丸城は市来氏によって築かれた標高約100m、周囲約3kmの山城で、
後に島津氏の領地となった。本丸の屋敷跡には礎石などは見られ、
山頂の本丸まで登山道が整備されており、土塁などの遺構を確認できる。


    
城の一角に南朝方として、北朝方の島津氏と戦った市来氏の顕彰碑がある。



大日寺の歴代住職の墓(大日寺は現在の鶴丸小学校の位置にあった、)



市来鶴丸城とフランシスコザビエル

新納康久が城主のとき、1550年(天文19年)にフランシスコ・ザビエルが
この地を訪れ布教活動をしている。新納家の家老のミゲルは鹿児島で洗礼を
受けていて、ザビエルを鶴丸城に案内した。



       

フランシスコ・ザビエルは1550年6月と8月に滞在している。
8月は市来湊から平戸へ向かう途中に滞在、平戸への旅立ちは
京泊港からポルトガル船で海路、平戸に渡った。
市来湊から京泊港まで海路で行ったのか、街道(出水筋)を
陸路で行ったのか、史料からは見ることができない。



Page Top Main Page
このホームページに関する感想、お問い合わせ、苦情は下記まで。
ページ作成者: 南竹 力
E-mail   : info(後に @nantenbo.com を付けてください。)