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海原のもくずと消えし はらからの たまやすかれと吾は祈らん |
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串木野市恵比須丘に建立されている「いさり火の塔」の遭難者名簿では、 明治時代 59 名、 大正時代 98 名、 昭和時代 155 名 記載されている。 ----1996(平 8)年 12 月発行の串木野まぐろ漁業史---- 建立:昭和36年(1961年)1月 場所:鹿児島県いちき串木野市 恵比須ヶ丘(港を見渡す高台) 目的:明治・大正・昭和の時代に、遠洋・近海マグロ漁などの荒海での操業で 犠牲となった多くの船員や海難殉職者の魂を慰めるために建立された。 名前の由来: 当時の船員組合長(南竹纓二)によって、夜の海で漁火(いさりび)が安全を 照らすように、これ以上の犠牲を出さない願いと誓いを込めて「いさり火の塔」と 名付けられた。 |
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余 話: 太平洋戦争中、串木野の漁船は軍に徴用され、200名あまりが、船とともに亡くなった。 昭和15年〜昭和19年の徴用船・徴用人数の損失は ・徴用船 104隻 (未帰還 93隻) ・徴用人数 880名 (未帰還 200名) |
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